そうか、納得です。
“しなやかさ”で考えるBCP
BCPの基本は「未来への夢」平時にグランドデザインを描いておけば、危機が企業再興のきっかけに
小坂 義生,熊谷 勇一 【プロフィール】
日経ビジネスオンライン
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いざ災害が発生した場合、「応急対応期」と「復旧・復興期」で、企業はどう対応すべきなのか。特に「応急対応期」では、状況の変化に応じて「柔軟性と俊敏性」と「正確性と安全性」の両方が備わった対応が必要だと、京都大学防災研究所の林春男教授は説く。そして企業が再興するためには、平時から会社のグランドデザインを用意しておくことが必要である。
――災害・危機対応の「応急対応期」で求められることには何がありますか。
林:「初動期」で組織は迅速に体制を整え、状況を把握した後に、「応急対応期」では当面の復旧に対応します。状況は刻々と変化していきます。そこで「応急対応期」に求められるのは、「柔軟性と俊敏性」です。状況の変化に応じて、柔軟な意思決定が行われ、連載の第2回で述べたコマンド・アンド・コントロールよる作戦立案と資源配置が俊敏に行われなければならないのです。
図1 コマンド・アンド・コントロールの9のポイント
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作戦立案、資源配置のための意思決定には、「柔軟性と俊敏性」と同時に「正確性と安全性」も求められます。しかし、時にこの「正確性と安全性」を確保することを優先してしまい、意思決定が遅れて対応の機会を失うことがあるのです。
「柔軟性と俊敏性」「正確性と安全性」の要素を同時に追求することは、一見して相反します。この2つの要素を備えるためには、平時からBCPの策定を行い、コマンド・アンド・コントロールの下で対応する仕組みをつくり、ICT(情報通信技術)を活用した危機管理システムを構築することが求められているのです。
――企業の災害・危機対応における「柔軟性と俊敏性」「正確性と安全性」には何か特徴がありますか。
林:「柔軟性と俊敏性」を考えるとき、リスクとは何かをとらえ直すと良いでしょう。企業活動のなかでは、自然災害や事故だけでなく、金利や為替、株式市場の変動など様々なリスクが考えられます。例えば、ギリシャの経済危機からヨーロッパ全体の経済危機へと発展し、それが日本経済に波及するかもしれない。また中東情勢の不安定化による原油価格の高騰や輸入のリスクが、電力不足に陥っている日本を直撃するかもしれません。
こうしたリスク評価を、企業は日ごろから行っていると思います。図2はリスクの分布を表しています。縦軸は事象の発生確率で、真ん中の垂直の線は、予期した結果の集合です。この垂直の線から左右に離れれば離れるほど、予期した結果と現実の違いが大きいということです。すなわちリスクの大きさです。Aという直線はこの「予期した結果の縦線」にぴったり一致していると考えてください。結果がすべて予期できているのですから、リスクはないということになります。BとCは現実の結果の集合が「予期した結果の直線」から離れています。リスクがあるということです。「縦線」から離れている分、「柔軟性と俊敏性」を持った対応が求められます。
図2 リスクの大小
「正確性と安全性」は、仕事の質と言っても良いでしょう。災害・危機に直面しても、企業がどれだけ質の高い商品やサービスを顧客に提供できるかどうかが問われるのです。
企業が「柔軟性と俊敏性」「正確性と安全性」を追求することとは、目まぐるしく変化する状況のなかで、その変化に一つひとつ適応し、質の高い商品やサービスを提供することなのです。これは、平時でも求められており、その積み重ねが災害・危機に直面しても生かされるのです。
――「応急対応期」の次の段階の「復旧・復興期」では、企業には何が求められるでしょうか。
林:「復旧・復興期」に、災害・危機に見舞われた自治体は復興計画を策定します。自治体のミッションは多様のため、住民に対して、具体的な政策を提示するための計画書が必要とされます。企業においても再建計画は必要ですが、事業が自治体に比べればシンプルなので、会社の再興のために求められるのは、計画書より先に経営者と従業員の意志と希望です。
意志とは、再興するという強い思いです。しかし、東日本大震災のように産業基盤そのものが喪失した被災地での再興は、意志だけでは進められないことは明らかです。経営者だけでなく社員みんなが希望を見出せる施策を、政府と自治体が提示できるかどうかが、現状で問われているのは確かです。
困難な状況下で希望を持つことがいかに重要であるかを、精神医学者のヴィクトール・E・フランクルが述べています。彼は、第2次世界大戦中に強制収容所に送られた体験をもとにした『夜と霧』のなかで「強制収容所の人間を精神的にしっかりさせるためには、未来の目的を見つめさせること、つまり、人生が自分を待っている、だれかが自分を待っていると、つねに思い出させることが重要だった」と書いています。
企業にとっても、フランクルの言葉は示唆に富んでいると思います。社員や顧客、株主などのステークホルダーに「未来の目的を見つめさせること」ができたときに、災害・危機に見舞われた企業の再興は、必ず成し遂げられると私は信じています。
――未来の目的を持つために、経営者は何をすべきでしょうか。
林:災害・危機が、企業にとって1つのきっかけだと考えることが大切です。これは、単に復興需要を当てにすることではありません。
いま改めて注目されているのが、1923年の関東大震災発生後に帝都復興院総裁に就任した後藤新平です。彼は、関東大震災の翌日には東京復興の基本方針を1人で練り上げています。それは長期的な視野に立った構想であり、グランドデザインと言ってもよいものでした。彼がグランドデザインを描けたのは、関東大震災以前から東京の新しい姿を具体的に構想していたからです。彼のグランドデザインのいくつかは、昭和通りなどの幹線道路、隅田川に架かる永代橋をはじめとする橋梁などの形で、現代の東京の交通網の基幹として残っています。
林 春男さんの最新刊(共著)が発売されました。
『しなやかな社会への試練』
定価:(本体1500円+税)
発行:日経BPコンサルティング
災害・危機は企業にとって「きっかけ」であると言ったのは、復興を通して企業が災害・危機以前の姿に戻るだけでなく、それよりも良い事業展開や、会社組織を作り上げることが可能だからです。そのために経営者は平時から「こういう会社にしたい」「こういう事業展開をしたい」と事業計画を具体的に練り上げていることが大切です。平時では既存業務での制約があってすぐには取りかかれないことでも、災害・危機で被害を受けてゼロから再興しなければならない状況では、それも可能になります。
企業経営のグランドデザインが平時から求められることは、「普段から行っていることは、災害・危機が発生しても行動に移すことができる」という教訓にもつながります。
将来に向けて会社のあるべき姿をグランドデザインとして描くことが、災害・危機に負けない「しなやかな会社」とするために求められているのです。
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